一人暮らしをする前

僕は、3歳~18歳まで障害者の施設で生活をしていました。始めは、友達ができずに、そのころまで泣きべそでした。小学3年生になってから、友達ができました。授業が終わったあと学校の先生や友達と遊んだり話をしました。友達は好きな人ができて、5年あとに、僕も好きな人ができました。職員さんと、仕事が終わったあと、遊んだり話ししたりしました。施設を退園する時、お別れ式の日に、好きな人が休みだったけど、わざわざ僕のために来てくれました。

 

18歳から30歳まで某町にある障害者の施設で生活をしていました。1ヶ月後に友達ができました。土曜日・日曜日に友達と外出したり、一人で出かけたりしました。

 

僕が親や職員に一人暮らしをしたいと言ったけど、親にダメと言われました。

 

そのため僕は、何回も逃げて、公園のトイレの中で寝たり、タイヨーに行ったりしていました。そこを職員に見付かって、親に怒られたりしました。だけど後で、親が一人暮らしを良いって言ってくれました。職員が色々な事を調べて、僕に、自立生活センターてくてくがあると教えてくれました。

 

職員と一緒に自立生活センターてくてくまで行きました。ここで、色々な話しをしました。市内でヘルパーがあると聞いて、ヘルパーを使って生活するために一人暮らしの練習をやりましょうと代表が言いました。

 

2月から練習を始めました。最初は、どうやってやれば良いか分らなくてヘルパーさんに教えてもらいました。4月の練習には、二人の女性職員に会いたくて、施設を早く出ました。11時にてくてくに着いて、代表とヘルパーが「丸ちゃん今日は、早く来たね」といいました。でも、二人の女性職員は休みだったので会えずに、失敗でした。

 

代表とヘルパーと話しをして、夕方に体験室で僕は、何回も一人暮らしの練習をしました。最初は、3日間~7日間の練習をしました。10日間の日もありました。

 

ヘルパーとご飯を作ったり、ご飯たべてからテレビを見ました。夜に、パソコンで、一人暮らしでいる物を打ちました。ベスト電器に行ってカタログを見せてもらい、見積もりも取りました。次の日の朝は、代表とヘルパーが体験室に様子を見に来て、「丸ちゃんおはよう、一緒に事務所に行くよ」と言いました。僕は「後で自分で来るから、またね」と言って、一人で事務所に行きました。

 

そこで、僕と代表でアパートの無料の雑誌を見たり、不動産に見に行ったりしました。

 

代表とヘルパーと僕の3人でアパート探しをしました。沢山見たアパートの中に、僕がきになったのが1件ありました。

 

親も代表も、僕を見て大丈夫だと言いました。

 

一回施設に帰って、4月末から自立するまでの1ヶ月の間、金曜日の夜から一人で荷物の準備をしたり、土・日曜日に町中を朝から夜まで一人で買い物したり、夕方7時前には弁当の2割引きを待って、タイヨーの人に段ボール箱も沢山もらって、ひもでくくってもらい、店の人にはこんでもらいました。出口で30分休憩して、焼き鳥屋のおじさん夫婦と話をしながら、ビールと焼き鳥を食べて、ビールのにおいを消すためにまた10分休憩して、しっているタクシーの運転手さんが、「丸ちゃん、荷物が沢山あるね。買った物はうしろに載せるから、丸ちゃんは、前に乗って良いよ」と言ったので、前に乗って帰りました。

 

施設について、一回玄関で職員にだだいまといって、僕の部屋まで行きました。

 

部屋に着いてご飯を食べて、少し代表に電話やメールをして、寝ました。

 

次の日レシートで計算したり、引っ越しのための片づけをしました。一番こまったのは、DVDの片づけでした。引っ越しした時にDVDをヘルパーさんにみつかったらこまるので、頑張って新聞でくるまいて袋にいれて捨てました。いらない物をおもいきったら、沢山ゴミが有りました。

 

一人暮らしする2週間前に、昼間に職員さんと天文館にあるベスト電器で、一人暮らし用の家電を買いに行きました。買った物は、一人暮らしする日に配達してもらうように副店長さんにお願いしました。

 

いよいよ一人暮らしをする日がやってきました。施設を退園する一日前の夕方に、車に荷物を職員さんと一緒に積みました。

 

夜に、施設の若い人達が僕のためにお別れ会を2時間ひらいてくれました。その後に受け持ちの職員さんと話しして、次の日の朝の、朝の会で皆の前であいさつをして言いました。

 

「今までは施設にいたけど、これからは一人暮らしになるので僕も頑張ります!」

 

 

こうして、平成22年5月25日に、僕の一人暮らしが始まりました。